【2021年版】初詣や月参りに 〜『②お賽銭・柏手・鈴・参拝・祝詞』〜 神社への参拝で神様とのご縁を結ぶ方法

2020.12.23

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久保多渓心

久保多渓心 ( ライター・占術家 )

墨が織り成す一子相伝の占術 “篁霊祥命(こうれいしょうめい)” を主な鑑定手法とする占術家。他にも文筆家やイベント・オーガナイザーとしての顔も持つ。また引きこもり支援相談活動なども行なっている。

前回は参拝前日の心構え、参道、鳥居、手水舎に関してお話ししました。

今回は、お賽銭のお話から進めてまいりましょう。

 

お賽銭

皆さんは寺社に参拝した時に、お賽銭をいくらお納めになるでしょうか。

「ご縁があるように」という思いを込めてお賽銭箱に「五円玉」を入れるという方は多いでしょう。また、「二重のご縁がありますように」との願いを込めて「二十五円」を入れる方もいらっしゃいます。

お賽銭は「白いお金」、つまり50円や100円や500円玉を入れるべきで、10円玉は入れてはいけないと仰られる方もいらっしゃいますし、硬貨の枚数にもこだわりや、こうでなければならないという決めごとを推奨していらっしゃる方もおられます。

しかし、お賽銭には何の決めごともありません。

お賽銭とは志(こころざし)であり、神様へのお願い料、依頼料ではありません。

ご自身が日頃、人並みにでも屋根のある家で雨露を凌いで暮らし、食事にありつける生活を送ることができていることに感謝の気持ちを示すため捧げるお金です。

神様は人々の気持ちを感じたいのであり、金額や硬貨の色にこだわるといったことはありません。

多種多様な「お賽銭の決めごと」は全て人間側の勝手な価値観に過ぎないことに気付かなければなりません。ご自分の懐具合に無理のない範囲でお賽銭の額は決めて良いのです。

お賽銭箱発祥の地、鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)

そもそも、お賽銭箱が神社に置かれるようになったのは1540年の鶴岡八幡宮が最初といわれており、お伊勢参りなどの社寺への参詣が庶民に広がり、貨幣経済が浸透して来たことによって、神社にお金を納めるという風習が根付くことになりました。

それまでは山の幸、海の幸をお供えしたり、お米を白い紙で包んだ「おひねり」をお供えしていました。

これは祈願という意味合いで供物をお供えするのではなく、無事に作物を収穫することができて、民衆がその年も生計を維持出来ることへの「感謝」の思いを表しているのです。

「お賽銭」の「賽」は「神恩に報いる」という意味があります。

また神事や神饌として神前に撒く米を「散米」といいますが、この「散米」に由来して「賽銭」は「散銭」と書くこともあります。

こうしたことからも、「お賽銭」は感謝の気持ちを神様に伝えるためのものであることが分かります。

ですから、「お賽銭」はあくまでも参拝する方の志であり、自分の出来る範囲の金額、負担にならない額をご自分で決めれば良いのです。

「10円」でも「100円」でも「1万円」でも自由なのです。

ただし、感謝を伝えるためのお金ですから、決して賽銭箱に投げ入れないで下さい。

神社で多く見受けられるのは、賽銭箱に投げ捨てるようにお金を放る行為です。人に感謝の気持ちを込めて何かを手渡す時に投げて渡すでしょうか。

人に対する時の礼儀と、神様(神社)に対する礼儀とは変わりありません。

お賽銭はなるべく投げないようにしたいもの

初詣には例年多くの参拝客が訪れ大変混雑しており、賽銭箱の側まで近づくことさえできずに遠くから投げ入れざるを得ない状態ですね。

そのような場合は仕方がありません。

心の中で「お賽銭を投げる」無礼を詫びた上で、投げ入れましょう。

また、混み合っている場合は無理をして投げ入れる必要もありません。後日、混雑していない時に改めて参拝に訪れて、その時にお賽銭をお納めすれば良いでしょう。

お賽銭を投げ入れる無礼を避けるためにも、コロナ禍での分散参拝には意味があるといえますね。

お賽銭を投げ入れる時の、小銭の音は邪気払いの意味合いがあるのだから投げても良いのだ、更にはより大きな音がした方が良いのだと言われる方もいらっしゃいますが、そうした「祓い」の意味合いは、お賽銭ではなく前述した「鈴」が担っています。

「神恩に報いる」、神に感謝の意を伝えるための「お賽銭」は、賽銭箱に静かに入れたいものです。  

【ワンポイント】寺社のキャッシュレス化

最近では寺社でもキャッシュレス化が進んでいます。お賽銭箱の前にはキャッシュレス決済用のQRコードが掲示され、またお札やお守りをクレジットカードで買えるようになっています。

賛否両論があり、日本のキャッシュレス決済業者が寄付行為を禁じていることから、多くの寺社へ広がっているとはいえませんが、金銭の受け渡しによる感染防止対策には役立っているようです。

キャッシュレス対応の寺社

「愛宕神社(東京都港区)」
お賽銭の楽天Edy決済可

「下鴨神社(京都市左京区)」
授与品にクレジットカード・電子マネー利用可

「日光二荒山神社(栃木県日光市)」
お賽銭のスマホ決済可

「鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)」
お祓い済クレジットカード発行と利用

「東本願寺(京都市下京区)」
お賽銭のスマホ決済可

「平等寺(徳島県阿南市)」
お賽銭のスマホ決済可


柏手

神社でオーバーアクションで礼をしたり、大きな音で柏手を打つ行為を「恥ずかしい」と思われる方は意外と多いようです。

なるべく目立たないように、静かに、そして小さな所作でサッと終わらせようとする方が多いように見受けられます。

しかし、それでは神様に「本日、私○○がここに参拝に参りました」という事実も、尊崇の念も伝わりません。

神社で美しい所作で、拝礼や、柏手を打っている方を見ますと、皆さん身なりが良かったり、背筋が伸びてパワーが漲っているのがよく分かります。

正しい所作で神様に対する人というのは、他者にも同じように接し、何事にも真摯な態度で臨み、また自発的な行動が出来る人でもあります。

それだからこそ、社会で成功したり、自分に自信が持てるのです。

その結果として身なりの良さや、漲るパワーに繋がっているのです。

拝殿で「二礼二拍手一礼」(神社によって拍手の回数が異なる場合がある)をしますが、多く見受けるのが拍手の音がほとんど鳴っていないケースです。

「恥ずかしいから」敢えて音を立てないという方もおられるでしょうし、「別に音を立てる必要はない」と思っておられる方もいらっしゃるでしょう。大きな音で柏手を打ちたいのに、音があまり出ない方もいらっしゃると思います。

音が出ないのは、力が弱いからではありません。右手と左手を綺麗に左右対称に重ねて打っているからです。右手と左手を少しずらして打つだけで、かなり締まった大きな音が出ます。

その手のずらし方にも作法、方法があります。

左右対称に重ねた両手の、右手側を手前に第一関節分ほど引きます。

更に手前に引いた右手の掌を、中心から弧を描くようにやや上側にずらして柏手を打つと大きな音が出ます。

自室や旅先のホテル、旅館の部屋で不穏な気配や雰囲気を感じたりした時は、この方法で柏手を打ってみましょう。音が空間に吸い込まれる感じがして、あまり音が出ないはずです。

逆に音がよく響く場所は、清浄な空間だと言えます。あまり音が響かない部屋は、その部屋の中央と四隅で柏手を力強く打つと簡易的な浄化となります。

部屋を清浄な空間に変えたい時などは、是非試してみてください。

柏手のパンッという音がした瞬間にその音霊とともに光が部屋中に拡散するイメージを持つことが大切です。

柏手を打ち終わったあと、そのまま腕を下ろさず、ずらし、引いた手を元に戻すようにしましょう。

さて、柏手を打つ時に何故、右手を引くのでしょうか。  

左は「火足(ひたり)」「陽(ひ)」「霊(ヒ)」であり、右は「水極(みぎ)」「陰(つき)」「身(ミ)」という意味があるそうです。

つまり「左」は「神様」を表し、「右」は「人」を表しています。また「左」は「陽」で、「右」は「陰」ということもいえるでしょう。

*仏教では反対に左手は「迷いの世界=人」を、右手は「悟りの世界=仏様」を表します。神道では「左」を、仏教では「右」を重要視します。神社では境内の移動、接末社への参拝は左周り(反時計回り)で参拝します。

柏手は天岩戸開きと同じ意味をもつ

両手を合わせる行為は「陰陽」の結合を意味し、右手を手前に引く行為は、「陽」に対して「陰」が、「神」に対して「人」が一歩下がるということを意味します。

右手を引いた状態で打つ柏手は、天地開闢(てんちかいびゃく)の音霊となり、神様と繋がることが出来るのです。つまり神様のいらっしゃる家の玄関をノックするのと同じです。

ノックの音が小さければ、自分が訪れていることを神様にお知らせすることは出来ませんし、礼(拝)を軽んじれば礼儀を欠くことになります。

このように所作には全て意味があります。

オーバーアクションだと恥ずかしがらずに、美しい所作を意識して、礼の1つ、柏手の1つに気持ちを込めて頂けたらと思います。  
【ワンポイント】柏手の歴史は浅い

「二礼二拍手一礼」は、本来「玉串奉奠(たまぐしほうてん)」といわれる神事の際に、神職が行う作法の1つです。一般の方でも拝殿に上がってご祭神に祈願する「正式参拝(昇殿参拝)」において「二礼二拍手一礼」を行います。

この「二礼二拍手一礼」は、昭和18年に当時の神祇院が法制化して以降、行われるようになったもので、その歴史は浅いのです。

本来、社頭(社殿の前)では、神様に向き合い、語りかける、という行為こそが重要なはずですが、この「二礼二拍手一礼」という作法には、そうした動作は含まれていません。

日本は江戸時代まで神仏習合(混淆)でした。寺社が同じ境内地に存在し、天皇が出家するのも珍しいことではありません。この頃、神社でもお寺でも神仏に向き合う時には、掌を合わせる「合掌」を行うのが普通でした。

「柏手」という行為には、意味があり、それ自体は尊い行為ではあります。しかし、古から伝えられた作法というわけではなく、明治期の「神仏分離令」や、「国家神道」という政治的な流れの中で発生したものです。

「二礼二拍手一礼」という作法にこだわるのではなく、社頭で神様と向き合うことそのもの、語り合うことそのものに意識を傾けることが大事です。そのためには「合掌」だけでも何ら問題はありません。いえ、本来は「合掌」が古来からの正式な作法といえるかもしれません。


*新型コロナウイルス感染対策により、各寺社では鈴緒(すずのお)が撤去されている場合があります。各寺社の定めたルールや状況に応じて参拝ください。

拝殿の賽銭箱の上には通常、鈴があります。

二礼二拍手一礼の前に鈴を鳴らすわけですが、これは神様に自分が来たことを知らせるためのものではありません。

この鈴は、巫女舞の時に巫女が手に持って鳴らしている「神楽鈴」が原型となっています。

この鈴の音によって魔を祓っていたのです。

ですからこの賽銭箱の上の鈴を鳴らすのは「お祓い」と同様の意味があるということになります。

現在の私達が行なう参拝方法は自由参拝(略式参拝)といい、明治以降に簡略化されたものです。

通常、昇殿参拝(正式参拝)で行なわれるお祓いを、簡略化した自由参拝でも自ら行なえるようにという配慮のもと、鈴が設置されるようになりました。

こうしたこともあり、鈴が設置してある神社では、力強く鈴を鳴らす方が良いということになります(鈴のない神社もあります)。  

京都の八坂神社をはじめ、新型コロナウイルス感染対策として、お賽銭を入れると自動的に鈴の音がスピーカーから流れるという仕組みを採用している神社もあるようです。

 

参拝

拝殿へまいりました。

まず正中(拝殿中央)を避けて、左右のどちらかに寄ります。

ご神前の少し前で一揖(小揖)をします。

そしてご神前に進むわけですが、ここで前回ご説明をした進下退上、起下座上(しんげたいじょう、きげざじょう)」の作法に則って足を運びます。

ご神前に近い方を「上位」、遠い方が「下位」となります。

拝殿の右側に寄っていれば、神様にとって遠い方(下位)は右足ということになりますので、この場合は右足からご神前に歩を進めます(進下)。そしてご神前から退く時は上位の左足からとなります(退上)。

拝殿の左側に立っている時は、この逆となります。

進下退上の作法により、一歩進んで深い礼(深揖・45度)をします。

さらに鈴を鳴らし、お賽銭を入れます。

そして二礼二拍手一礼をします。

二礼は、90度腰を折る二拝となります。一拝したあとは、直立の姿勢に一度戻って、次の一拝を連続して行います。

二拍手は、上の柏手の項を参考にして下さい。手を打つ時は、肩幅程度、手のひらを開いて打ちましょう。

次に一礼。これも深揖(45度)です。

直立の姿勢に戻したら、3歩下がります(進下退上)。このときに神様にお尻を向ける行為は、不敬にあたりますので、後退りで後ろへ下がります。

さらに、小揖(15度)をしてご神前を後にします。

この時に正中の左にいるか、右にいるかで立ち去り方が異なります。正中の左にいる場合は右回りで、右にいる場合は左回りでご神前を後にしましょう


二礼二拍手一礼の二拍手のあと、合掌をしたままで神様へのご挨拶を行っていただいても構いません。

ご祭神のお名前をお呼びし、ご自身のお名前と住所、生年月日などをお伝えします。

次に「本日は、参拝させていただきありがとうございます」「本日は、お呼びいただきありがとうございます」などの感謝を伝え、その後に神様へ申し伝えたいことをお話しください。

自分の一方的なお願い事だけではなく、日々のご報告や感謝、今後の目標やそれに対する宣言でも構いません。家族や友人などの幸せや繁栄を願うお気持ちなど、他者を思う利他的な願いはより叶いやすいでしょう。

このあと祝詞を唱えます。勿論、これは省略していただいても結構です。

その後、一礼をします。

参拝のための長い行列がある場合は、上記のような丁重な参拝は省略して、二礼二拍手一礼のみを流れるような動作で行って下さい。

腰を折る角度は、あくまでも目安となります。足の運びも意識し過ぎるとぎこちない動作になってしまいます。あまり厳格になり過ぎないようにしましょう。

【ワンポイント】他の参拝者への配慮も大切に

参拝時に、ご祭神のお名前をお呼びしましょう。何というお名前で、どんな神様なのか知らずに参拝をして、神様との間に信頼関係を築けるでしょうか。名前も知らない相手に、相談事をしたり、お願い事をすることはないはずです。参拝に訪れる神社のご祭神を事前にお調べになって、その神様に自分の思いをお伝えしましょう。

また、ご自身の作法を重視するあまり、他者への配慮を欠いてしまうのは本末転倒です。神社の外でも同じことですが、境内ではとくに誰しもが不快な思いをせず、気持ち良く参拝が出来ることを心掛けましょう。挨拶をされたら笑顔で応じ、参拝中の方がいたら大声を出さずに静粛にしましょう。神社の敷地内ですれ違う他人もまた、神様。人に尊敬と配慮の気持ちを持てなければ、神様とも心が通じ合うことはありません。神様に接するように、人にも接しましょう。

もう少し詳細な参拝方法をお知りになりたい場合は、以下の記事の「月参りの作法」の章をご参照ください。

 

祝詞

祝詞は神職が神様に奏上する言葉です。

日本は古来から「言霊の幸う国」といわれ、人の口から発せられる言葉には全て霊力が宿っていると考えられて来ました。良い言葉は人を幸せにし、悪い言葉は人を不幸にします。

祝詞は神様と繋がり、コミュニケーションを取る最も確実な方法です。参拝の際に、祝詞を唱えるとより神様を近くに感じられるでしょう。

しかし、祝詞は長くて難しいものです。短くて覚えやすい祝詞をご神前で唱えたいという場合には、前回ご紹介した略拝詞祓え給い、清め給え、神(かむ)ながら守り給い、幸(さきわ)え給え」を唱えてください。

また、以下にご紹介する天津祝詞祓詞はそれほど長くはない祝詞ですので、何度も唱えているとすぐに覚えることが出来ます。参拝時のほか、普段の生活で気分が優れない時や、邪気や邪念を祓いたい時にも効果的です。    

祝詞は言霊信仰がベースになったものです。一字一句間違わずに、流れるように美しい発生で唱える必要があります。間違った場合は、最初から唱えなおしましょう。神社で唱える時は、心の中で、もしくは小声で奏上されても構いません。 

どうしても覚えられないという時は、紙に書いたものを読んでも良いでしょう。

天津祝詞 / 禊祓詞

高天原に神留り坐ます
(たかまのはらにかむづまります)

神漏岐神漏美之命以ちて
(かむろぎかむろみのみこともちて)

皇御祖神伊邪那岐之命
(すめみおやかむいざなぎのみこと)

筑紫日向の橘の小門之阿波岐原に
(つくしひむかのたちばなのおどのあわぎはらに)

禊祓ひ給ふ 時に生坐る祓戸之大神等
(みそぎはらひたまふときにあれませるはらえどのおおかみたち)

諸々禍事罪穢を祓へ 給ひ清め給へと 
(もろもろまがことつみけがれをはらへたまひきよめたまへと)

申す事の由を天津神地津神 
(まをすことのよしをあまつかみくにつかみ) 

八百万之神等共に
(やおよろずのかみたちともに)

天の斑駒の耳振立て所聞食と畏み畏みも白す
(あめのふちこまのみみふりたててきこしめせとかしこみかしこみもまをす)

祓詞(はらえことば)

掛けまくも畏き伊邪那岐大神
(かけまくもかしこきいざなぎのおおかみ)

筑紫の日向の小戸の阿波岐原に
(つくしのひむかのおどのあはぎはらに)

禊祓へ給ひし時に成りませる祓戸大神等
(みそぎはらへたまひしときになりませるはらへどのおおかみたち)

諸諸の禍事罪穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を聞食せと恐み恐みも白す
(もろもろのまがごとつみけがれあらむをばはらへたまひきよめたまひまをすことをきこしめせとかしこみかしこみまをす)
【ワンポイント】願いを叶える祝詞
龍神祝詞

高天原に坐し坐して
(たかまがはらにましまして)

天と地に御働きを現し給う龍王は
(てんとちにみはたらきをあらわしたまうりゅうおうは)

大宇宙の御祖の御使にして
(だいうちゅうのみおやのみつかいにして)

一切を産み一切を育て
(いっさいをうみいっさいをそだて)

萬物を御支配あらせ給う王神なれば
(ばんぶつをごしはいあらせたまうおうじんなれば)

一二三四五六七八九十の十種の御寶を己がすがたと変じ給いて
(ひふみよいむなやことのとくさのみたからをおのがすがたとへんじたまいて)

自在自由に天界地界人界を治め給う
(じざいじゆうにてんかいちかいじんかいをおさめたまう)

龍王神なるを尊み敬いて
(りゅうおうじんなるをとうとみうやまいて)

眞の六根一筋に御仕え申すことの由を受引き給いて
(まことのむねひとすじにみつかえもうすことのよしをうけひきたまいて)

愚かなる心の数々を戒め給いて
(おろかなるこころのかずかずをいましめたまいて)

一切衆生の罪穢の衣を脱ぎ去らしめ給いて
(いっさいしゅじょうのつみけがれをぬぎさらしめたまいて)

萬物の病災をも立所に祓い清め給い
(よろずのもののやまいをもたちどころにはらいきよめたまい)

萬世界も御祖のもとに治めせしめ給へと
(よろずせかいもみおやのもとにおさめせしめたまへと)

祈願奉ることの由を聞し食し
(こいねがいたてまつることのよしをきこしめし)

六根の内に念じ申す大願を
(むねのうちにねんじもうすだいがんを)

成就成さしめ給へと畏み畏みも白す
(じょうじゅなさしめたまへとかしこみかしこみもうす)

*龍神を祀った神社は多くはありませんので、神棚がご自宅にあれば神棚で、なければ早朝に窓を開け放って空に向かって唱えてみてください。
次回は、接末社への参拝、ご神木、絵馬、おみくじ、縁起物について、そして自宅参拝の方法についてもご案内いたします。

久保多渓心 のプロフィール

久保多渓心

画家の父、歌人の母のもと、福岡市博多区で生まれる。

バンド活動を経て、DJ、オーガナイザーとしてアート系イベント、音楽イベントなどを多数手掛ける傍ら、フリーライターとしても活動。

音楽雑誌でのアーティスト・インタビュー記事、書籍、フリーペーパー、WEBなどの媒体で政治、社会問題から、サブカルチャー、オカルトまで幅広いジャンルでコラムを執筆。

引きこもり、不登校、心の病など自身の経験を活かし「ピアカウンセリング」を主軸にしたコミュニティを立ち上げる。後にひきこもり支援相談士として当事者やその家族のサポート、相談活動にあたる。

現在は亡き父から継承した一子相伝の墨を用いた特殊な占術『篁霊祥命』や、独自のリーディングによって鑑定活動を行っている。2021年で鑑定活動は16年目を迎える。

月参り、寺社への参拝による開運術の指導なども行う。

『AGLA(アグラ)』スーパーバイザーを務める。

2020年10月より活動名をマーク・ケイより、久保多渓心に改名。

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うらなってMe

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