【平安貴族の愛した香り④】〜侍従〜『香りと暮らし、和をたしなむ(連載第八回)』

2020.10.6

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多田博之・晴美

多田博之・晴美 ( 香司 )

FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰。夫妻ともに薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司。福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。

秋の声が聞こえる美しい季節が到来し、金木犀の甘く爽やかな香りが漂いはじめましたね。高く澄みきった空に、心も晴れ晴れとした気持ちになります。

前回まで六種の薫物の中で、「荷葉」「菊花」「落葉」についてお話をしましたが、今回は「侍従(じじゅう)」という薫物についてお話をしていきます。

「侍従」とは?

一般的に「侍従」は高貴な人物の身近に侍り仕えることを意味します。

現代でも天皇のおそばに仕える役職で、宮内庁の侍従職という言葉はよく聞きますよね。

その侍従という名前のついた薫物があるのです。

それでは、その侍従とはどのような薫物なのでしょうか?

平安時代のお香の処方と調合法などを集成した書物である『薫集類抄(くんじゅうるいしょう)』を見てみますと、このように書かれています。

秋風蕭颯として心にくきおりによそへたるべし

鎌倉時代の『後伏見院宸翰薫物方(ごふしみいんしんかんたきものほう)』には

秋風蕭颯たる夕。心にくきおりふしものあはれにて。むかし覚ゆる匂によそへたり

と記載されています。

前回の菊花のように、モチーフがないのでとても抽象的なのですが、秋風がもの寂しく吹いて心にくく感じられる時期の心象を香りに置き換えて表現したものと考えられます。

広島大学の田中圭子先生は著書『薫集類抄の研究』の中で、侍従は常に貴人の身近に燻らせて体臭を清浄化するのに値する薫物を意味しているのではと言われています。

 

侍従は、どの季節の薫物?

実は、はっきりしないんです。

『薫集類抄』や『後伏見院宸翰薫物方』を見ると「秋の薫物」の様な感じもします。

ある文献では、冬の寒さの厳しい時期に調合するという記述があり、「冬の薫物」という説もありますが、秋もしくは冬の薫物と考えていいと思います。

『薫集類抄』に記載されている賀陽宮(かやのみや)のレシピを見てみると

沈(じん)4
丁子(ちょうじ)
2
甲香(こうこう)
1
甘松(かんしょう)
1
鬱金(うこん)
1

とあり、少ない種類で調合しているのがわかります。レシピによっては鬱金を使わず4種で調合したり、鬱金の代わりに麝香(じゃこう)を使っているレシピも見られます。

ただ『薫集類抄』の記述の中に「侍従に麝香を入れるのは黒方(くろぼう)の薫物同様に良いと言っても、多く入れるとかえって悪い」とあります。

侍従は、黒方のように重い香りでもなく、梅花の薫物のように華やかでもありません。侍従の香りは少し控えめで、秋の物悲しさを感じさせます。

 

源氏物語ではどの場面で使われている?

Genji1000nenki / Public domain

源氏物語では「初音(はつね)」と「梅枝(うめがえ)」の帖で「侍従」がでてきます。

特に、「初音」の帖では「侍従」が使われている印象的な場面があります。

「初音」は源氏36才の元日、六条院で紫の上と春の御殿で過ごしている場面で始まります。

年賀の客がまばらになった夕方になって、源氏は六条院の女君たちのもとを訪れます。

まず、夏の御殿に住む花散里と玉鬘のもとを回ったあと、日が暮れかかった頃になって、明石の御方の御殿に通じる渡り廊下にたどり着きました。

近く渡殿の戸押しあくるより、御簾のうちの追風、なまめかしく吹き匂はして、ものよりことに気高くおぼさる

訳)御殿に通じる渡り廊下の戸を開けると、御簾の奥から室内の薫物の香りが追風にのって送られてきます。追風とは「たきしめた香の匂いを吹き送る風」のことで、その香りはしっとりと控え目かつ、とても優雅で他に比べ格段に気品高く感じられます。

源氏が室内を見渡しても、明石の御方の姿は見えません。

今、席を立ったようで、硯のまわりが少し散らかっています。

唐の綺のことことしき縁さしたる茵(しとね)に、をかしげなる琴うち置き、わざときめきよしある火桶に侍従をくゆらかして、物ごとにしめたるに、裛衣香(えびこう)の香のまがへる、いと艶なり。

訳)中国渡来の大層立派な織物を縁につけた敷物に、風雅な七弦琴を置き、趣向を凝らした火桶に薫物の侍従をくゆらせて、その香りがまわりのものに染み込んでいるのでしたが、その香りの中に「えび香」の香りが混じっているのが、とても風情を感じさせるのでした。

「えび香」は匂い袋のことで、唐櫃に衣類と共にしまって使います。源氏は匂い袋と侍従がまじった素晴らしい香りに迎えられます。

さらに源氏は、歳末に女君達の晴れ着を選んで贈りましたが、その晴れ着をまとって、明石の御方はうやうやしく慎ましい態度で源氏のもとにあらわれます。その姿がとても優雅で艶かしく、源氏は元日の大切な一夜を明石の御方のもとで過ごすのでした。

ところが源氏は、夜が明けきれないうちに紫の上のもとに戻るのです。

明石の御方は「そんなにお急ぎになることもないまだ暗いうちなのに」と思っていますが、源氏は待っている紫の上が怒っているに違いないと思い、「ついうたた寝をしてしまい眠りこけてしまったのに、あちらでは起こしてくれなかったので、こんな時間になってしまった」とご機嫌とりをするのですが、紫の上はろくに返事もしてくれないのです。

このシーンは現代にも通じ笑ってしまいます。

 

「梅枝」の帖では

「源氏物語・32帖(梅枝)バーミンガム美術館 / Public domain

もう一つ侍従が使われている場面に、「梅枝」の帖があります。

梅枝では薫物について詳しい記述がされており、お香を勉強する人にとっては知っておく必要があります。

この中で興味深い一文があります。

大臣は、寝殿に離れおはしまして、承和の御いまわしめの二つの方を、いかでか御耳には伝へたまひけむ、心にしみて合はせたまふ

(訳)源氏は春の御殿にいらして、調合を秘密にされるために、通常の住居の東の対から離れて、承和の秘方の2種をどうやって伝え聞かれたのか、深く心に止めて調合されました

源氏は隠れてお香の調合をされています。

薫物の調合は相伝(代々で受け継ぐ)であり、各家に秘伝があって公開されることはありませんでした。通常、男子女子を問わず貴族のお家で代々伝えていくものなのですが、承和の秘方は仁明天皇が男子には伝えないようにと仰せられた2種の調合(黒方と侍従)のことなのです。

源氏は男性なのにどうやって「承和の秘方」をお知りになったのでしょうか?源氏は、その調合で薫物を作られています。

そして、源氏が調合した「侍従」を弟の蛍兵部卿宮が「すぐれてなまめかしうなつかしき香なり」と判定されるのです。源氏は「侍従」の香りに精通していることがわかりますが、その源氏を魅了した明石の御方の侍従はどれだけ素晴らしい香りだったのか推測できますよね。

 

日常生活では

私にとっての侍従の香りは、秋のイメージです。

とてもシンプルな調合なのですが、使われている「甘松」「鬱金」が枯れた感じを演出し、物寂しく感じられる秋の夜長に使ってみられると趣があっていいのではないのでしょうか?

どこから香りがしてくるのだろう感じられるように、部屋の片隅でたいてみてください。ほのかに香りが感じられるくらいがいいですよ。

私どもの教室(宮崎、福岡)では体験することができますので、お近くの方はぜひいらしてください。ホームページへのアクセスは、プロフィールページからどうぞ。

前回と今回で、秋にまつわる薫物を紹介させていただきました。次回は妻にバトンタッチをします。どのようなお香を紹介するか楽しみにしていてください。

 

 

参考文献

『新潮日本古典集成 源氏物語(4)』石田穣二、清水好子(校注)

多田博之・晴美 のプロフィール

多田博之・晴美

【多田博之】

FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰
薫物屋香楽認定教授香司
歯科医師

宮崎市にて21年間開業医として地域医療に携わる。偶然に出会ったお香の魅力に惹かれ、平日は診療、週末は東京にてお香の勉強を繰り返したのち、50歳の時に閉院しお香の活動に専念する。

現在、福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。また香木の香りの素晴らしさや香道の魅力を伝えてたいと思い、御家流香道の研鑽を積んでいる。

平安期のお香の使われ方を勉強するなかで、紫式部の「源氏物語」に興味をもち、講座では、香道や源氏物語の視点も交えて伝える。

また、薫物屋香楽認定教授香司として、香の知識や技能をさらに深め、和の香り文化とお香づくりのスペシャリスト(香司)の育成に努めている。

【多田晴美】

FOUATONS aroma&herb・お香school
華結び組乃香 主宰
薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司

アロマインストラクター、ハーバルセラピストを経て「香司(こうし)」として 香りの楽しみ方や使い方を紹介。

ハーブのもつフィトケミカル成分が、健康や美容など様々なジャンルで注目され、特にスパイス系ハーブは生薬との共通性があり、大陸から伝わったとされる「お香」の 香原料ともなっている。

日本の歴史や習慣に深く関わり、人々の心を癒してきた文化としての「香り」を「和」の心とともに普及する活動を福岡県や、宮崎県を基盤に全国で展開。

趣味と実益をかねて日本三芸道の一つ「香道(御家流)」や、室内を飾る「飾り結び」も研鑽中。 天然香料を使ったお香作りの講師として、メディアなどで香りの魅力と素晴らしさを発信している。


ホームページ→ https://www.fouatons.org/
Facebook→ https://www.facebook.com/miyazakifouatons/


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