大切なものを守る香り、大人女子のたしなみ 〜 えび香 〜 『香りと暮らし、和をたしなむ(連載第五回)』

2020.6.29

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多田博之・晴美

多田博之・晴美 ( 香司 )

FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰。夫妻ともに薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司。福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。

まだまだ、外出を躊躇する日々が続き、おまけに雨の多いシーズンでなんだかスッキリしないですね。

雨の似合う紫陽花が、より美しく咲く姿に癒されています。

今回は、初夏の花の一つ「紅花」と、それにまつわる香りのお話をいたします。

 

えび香とは

源氏物語絵巻・源氏が常陸宮の姫君(末摘花)の邸を訪ねる場面

いたうそそのかされて
ゐざり寄り
たまへるけはひ
忍びやかに
えびの香
いとなつかしう薫りいでて
おほどかなるを
さればよとおぼす

【訳】周りの女房たちに無理にすすめられて、御簾のむこうでそっといざりよって来られる(腰を上げずにじりじりと近づく様子)気配が忍びやかに(静かな動作)しますと、それにつれてえび香の良い香りが流れてきて、たいそう心惹かれる様に「やはり思った通りだ」と源氏の君は思われました。

『源氏物語』の「末摘花」からの抜粋です。

今回は文中の「えび香についてお話を進めてまいります。

「えび 海老」ではなく、「衣被(えび)」。または「裛衣香」と書きます。

このくだりは のちに光源氏から「末摘花の君」と呼ばれることになる、姫の邸を訪ねて来られた源氏の君に御簾越しに対面しようとするシーンです。

姫は父君が亡くなった後、没落しても広い邸に老いた女房たちとくらしており、古いものに囲まれた生活ながらも、えび香や薫香などは皇族らしく素晴らしいものをお持ちなのでした。

姫と対面の際に、着物から芳しい香りがして、源氏の君は、「やはり...」とその芳香に心を奪われたのでした。

もうお分かりでしょう。

えび香とは、着物を収納する唐櫃(からびつ)などに一緒に入れておくお香のことです。芳香、防虫の目的で用います。

お香の原料は希少で、ほぼ唐からの輸入ものですから、位の高い一部の家柄の人だけが持つことができたのです。

この時代は対面して顔をみることは叶いませんから、香りというツールもその方を知る手がかりであったのでしょう。

お香についての古い記録『薫集類抄』では、唐の貴族による調合が中国から入ってきたことを表しており、のちに日本の国風文化として変化を遂げていきます。

 

紅花の別名 末摘花

末摘花(すえつむはな)」は、紅花の別名です。

前項の姫とは、常陸宮の姫のことです。

高貴な身分ですが不美人な容姿でした。とても痩せていて顔色は青白く、座高が高い。鼻先が赤く大きく垂れ下がっています(まるで普賢菩薩の乗物の象のようと書いてあるものも....これはちょっとお気の毒です)。

ですが、ご気性は古風で実直、純真な人柄でした。また、黒髪は豊かでとても美しかったそうです。

時には時代遅れの贈り物をしてしまったり、似つかわしくない文を出して光源氏を困らせていました。ですが真面目な人柄を気に入り、赤い鼻先を紅花の花に例え「末摘花の君」と呼んで、終生面倒を見て差し上げたのでした。

紅花は、地中海辺りやエジプトが原産の植物で、シルクロードを経て中国に伝わり、のちに日本にも伝わりました。

衣の染色には重要な植物ですから、博識な源氏の君にはピンときたのでしょう。

平安時代は緋袴(ひばかま)が着用され、江戸時代では口紅、婦人科系の不調に用いられ、ドライの花は生薬として煎じて飲まれたり、紅花で染色された布は体に巻くと温まるとされて女性の腰巻に使われました。

赤い色は邪を払う色でもあり、祈願(願掛け)という思いもあったようです。

現代で紅花は、良質リノール酸を含む植物油のイメージの方が先行してますね。山形県は紅花を県の花としています。紅花の資料館もあるようで行ってみたいです。

 

防虫効果のある香原料「龍脳」

現在では「防虫香」という香袋があります。

芳香とともに、防虫の効果も目的の香で「龍脳」という香原料が使われています。

フタバガキ科の樹木で 滲み出る樹脂が結晶化したものです。

名前からも中国で尊いとされる龍の脳ですから、希少だということが想像できます。

玄宗皇帝も楊貴妃に最上級の龍脳を贈っています。

楊貴妃が亡くなっても、この香りは残っており、彼女の亡骸を見つける手がかりになったとか。

現在は純天然龍脳はほぼ産出されず、楠の樟脳から精製されています。スッとする香り成分の分子構造が似ているためです。

龍脳の香りは墨の香りをイメージしていただくと近いと思います。

以前、お香の体験講座に参加した外国人女性は「お寺の匂いだ」と言っていました。寺社を巡るのが好きなのだとか。

香りから体験したことが思い浮かぶということは、自然なことなのです(プルースト現象)。

龍脳は昇華性が高く気化しますが、閉ざされた空間ですとずっと香りが残ります。奈良のマルコ山古墳出土の際は龍脳の香りが残っていたそうです。

 

えび香(防虫香)を使ってみる

現代では、着物の収納のほか雛人形、兜飾りなどの収納や掛け軸、調度品など大切なものを守るのに使うことができます。

収納している箱から出すときは強く香りますが、自然に揮発し、とても品よく香りますよ。

なんでもポチッとすればお家に届く時代ですが、代々大切にしてきた物もあるのでは。そんなときはえび香を思い出してくださいね。

体験講座で作ることもできます。 HPも訪問ください。

https://www.fouatons.org/

多田博之・晴美 のプロフィール

多田博之・晴美

【多田博之】

FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰
薫物屋香楽認定教授香司
歯科医師

宮崎市にて21年間開業医として地域医療に携わる。偶然に出会ったお香の魅力に惹かれ、平日は診療、週末は東京にてお香の勉強を繰り返したのち、50歳の時に閉院しお香の活動に専念する。

現在、福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。また香木の香りの素晴らしさや香道の魅力を伝えてたいと思い、御家流香道の研鑽を積んでいる。

平安期のお香の使われ方を勉強するなかで、紫式部の「源氏物語」に興味をもち、講座では、香道や源氏物語の視点も交えて伝える。

また、薫物屋香楽認定教授香司として、香の知識や技能をさらに深め、和の香り文化とお香づくりのスペシャリスト(香司)の育成に努めている。

【多田晴美】

FOUATONS aroma&herb・お香school
華結び組乃香 主宰
薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司

アロマインストラクター、ハーバルセラピストを経て「香司(こうし)」として 香りの楽しみ方や使い方を紹介。

ハーブのもつフィトケミカル成分が、健康や美容など様々なジャンルで注目され、特にスパイス系ハーブは生薬との共通性があり、大陸から伝わったとされる「お香」の 香原料ともなっている。

日本の歴史や習慣に深く関わり、人々の心を癒してきた文化としての「香り」を「和」の心とともに普及する活動を福岡県や、宮崎県を基盤に全国で展開。

趣味と実益をかねて日本三芸道の一つ「香道(御家流)」や、室内を飾る「飾り結び」も研鑽中。 天然香料を使ったお香作りの講師として、メディアなどで香りの魅力と素晴らしさを発信している。


ホームページ→ https://www.fouatons.org/
Facebook→ https://www.facebook.com/miyazakifouatons/


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