【平安貴族の愛した香り 】〜薫物〜 『香りと暮らし、和をたしなむ(連載第三回)』

2020.5.4

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多田博之・晴美

多田博之・晴美 ( 香司 )

FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰。夫妻ともに薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司。福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。

はじめまして、薫物屋香楽認定教授香司の多田博之です。

最初の2回を担当した妻からバトンを受け、数回寄稿させて頂きます。

私が最初に出会い、お香の世界に引き込まれるきっかけとなったものが「薫物(たきもの)」でした。今回は、この「薫物」についてお話させて頂きます。

薫物とは

薫物・・あまり聞き慣れない言葉ですよね。

直接燃やすのではなく、香炉灰に火種となる香炭を埋め、間接熱で温めて芳香を楽しむこの焚き方を空薫(そらだき)と言います。

空薫に用いるお香のことを『空薫物』といいます。その後、『空』を省略するようになり、『薫物』と呼ぶようになりました。基本的には『薫物』と言えば『練香』のことを指します。

薫物はさりげなく部屋の中に香りを漂わせるのに使われます。当時のルームフレグランスと思ってください。

薫物は「そこはかとなく」

紫式部の源氏物語「鈴虫」の帖の中に、この薫物の使い方で興味深い文章がみられますのでご紹介します。

場面は、光源氏が女三宮のために仏像の開眼供養を催す日のことです。

蓮の花のさかりの頃、つまり夏の暑い頃、大勢の人が集まるので、たくさんの女房たちが集まって、空薫をしていました。広い部屋に良い香りを広げようと、パタパタと扇いだりしているところに、様子を見にきた光源氏が見かねて注意をするシーンです。

空に焚くは、いづくの煙ぞと思ひわかれぬこそよかれ、富士の峰より
もけに、くゆり満ち出でたるは、本意なきわざなり

(訳)空薫物は、どこから薫ってくるのだろうとわからないように焚〜くのがいいのですよ。富士山よりひどく煙がたちこめるように焚くのは、本来の趣旨から外れてしまいます

つまり源氏は薫物の匂わせ方を指導しているんですね。「そこはかとない」ように匂わせることが大事なんですよと女房達に教えています。

私はこの文章の表現が大好きで、自宅で薫物を使う時もこのことは意識しております。

また興味深いのはこの時代、富士山は活火山で噴煙が立ちのぼっていたんですね。調べてみると平安時代は特に富士山の火山活動が活発だったようです。

日常生活での使い方

源氏の言葉を参考に現代での薫物の使い方を考えてみましょう

薫物はお客さんをお迎えする時に最適です。

通常は、灰を香炭で温めて使用しますが、意外とこれが難しく、火力が弱いと薫らず、強いと煙が上がります。手軽に楽しむなら「電気香炉」や「茶香炉」はいかがですか?

特に電気香炉は、温度の調節も簡単ですのでお勧めです。

温めて使うことのメリットもあります。燃やす場合はどうしても煙臭さがでるので香りを損ないます。温めると本来の香料の香りをストレートに出すことができるのです。

私の知っている和食店では、お店の入口付近で開店15分前まで空薫をしていらっしゃいます。よい香りがお客様を出迎えます。

あまり香りが強いと、人によってはきつく感じます。源氏の指南通り、さりげなく香るように心掛けてみてはいかがでしょうか?

また春は「梅花」、秋は「菊花」をモチーフにした薫物を使うと季節感も感じられていいですね。

魅惑的な香料•••麝香(ムスク)

今回、練香に関係して紹介したい香料があります。それは「麝香(じゃこう)」です。英名のムスクの方が知られています。

麝香は、麝香鹿の雄の香嚢(こうのう)から採取されるフェロモンです。麝香鹿はヒマラヤ山脈の高地のチベットやネパール、中国の四川などに生息します。

「麝香」という漢字をよく見てみてください。この漢字は香りの性質をよく表しています。鹿の香りが矢を射るように遠くまで飛ぶという意味なんです。

麝香は、香料の中で最も神秘的でかつ貴重です。香水によく使われていますが、その香りはごくわずかの量を加えるだけで甘み、コク、セクシ ーさなどが加わり、香りに拡がりを与えます。

12世紀にイランのタブリーズに建てらた寺院の漆喰の壁には麝香が塗り込められており、太陽の光に暖められると、今なお香るそうです。つまり香りの持続性が長いのです。

ある有名な調香師さんがおっしゃるには、天然のムスクはごく僅かな量を香水に加えるだけで、普通の人には想像もつかない香りを醸し出すそうです。ムスクが高騰した時、ある香水から試しに抜いてみたところ、その試作品は冷たく、平面的で、豊かさに欠け、全くの別物になったそうです。

私もお香の調合でよく使います。麝香を加えると刺々しさがなくなり一つにまとまった香りになります。そして、お香の香りと調和して、優しく、女性的な、拡がりのある香りに仕上がります。

 

平安貴族の薫物に麝香は必須

日本最古のお香のレシピを集めた書物「薫集類抄(くんじゅうるいしょう)」を見てみると、平安貴族の薫物にはたくさんの麝香が使われていたことがわかります

薫集類抄は主に平安時代のお香についての記載があり、当時のお香がどのように作られ、使われていたかを知るのに欠かせない文献です。そしてもう一つ、当時のお香を知る上で欠かせないのが「源氏物語」です。

この時代一番格式が高いのは「黒方(くろぼう)」という薫物です。

黒方は源氏物語で2ヶ所に登場します。一つは第十帖の賢木、藤壺の中宮の落飾のシーンで、もう一つは第三十二帖の梅枝、薫物合わせで朝顔の斎院が調合してきた薫物の一つが黒方でした。

この黒方はどのような調合がされていたのでしょうか?

当時のお香の名手であった山田尼(小一条皇后侍女)の黒方のレシピをみてみましょう。

薫集類抄では両、分など重さの単位が使ってありますが、これを簡単な整数比に置き換えました。

沈香:4
丁子:2 
甲香:1.5
麝香:0.5
薫陸:0.25
白檀:0.25

例えば沈香4gに対して、麝香0.5gと考えると、さほど多くは感じないかも知れませんが、麝香は本来1/1000~1/10000に希釈して用います。それをこれだけの量使うと、かなり麝香の香りが強く感じられるはずです。

このレシピの後に、山田尼の言った言葉が書き添えてあります。

「尼のいはく。くろほうには麝香をすすめたるいとよし」

つまり、黒方には麝香を沢山入れるといいですよと言ってます。実際、黒方の香りはしっとりと落ち着いていて、麝香の香りが表に強く出ています。

麝香は薫物の調合には欠かすことができないものなんです。

現代において、様々な合成のムスクが石鹸、洗剤、化粧品などの日用品によく使われています。合成香料は多用途に安定した香りは供給できますが、天然のムスク(麝香)には遠く及びません。天然のムスクの香りに出会うのは、古の人々が大切にした香りに出会うロマンかもしれません。

いかがでしたか?

今回は薫物と麝香について、お話させて頂きました。

薫物については、お話したいことがたくさんありますので、次回も続けたいと思います。

次回は「六種の薫物」についてお話いたします。

多田博之・晴美 のプロフィール

多田博之・晴美

【多田博之】

FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰
薫物屋香楽認定教授香司
歯科医師

宮崎市にて21年間開業医として地域医療に携わる。偶然に出会ったお香の魅力に惹かれ、平日は診療、週末は東京にてお香の勉強を繰り返したのち、50歳の時に閉院しお香の活動に専念する。

現在、福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。また香木の香りの素晴らしさや香道の魅力を伝えてたいと思い、御家流香道の研鑽を積んでいる。

平安期のお香の使われ方を勉強するなかで、紫式部の「源氏物語」に興味をもち、講座では、香道や源氏物語の視点も交えて伝える。

また、薫物屋香楽認定教授香司として、香の知識や技能をさらに深め、和の香り文化とお香づくりのスペシャリスト(香司)の育成に努めている。

【多田晴美】

FOUATONS aroma&herb・お香school
華結び組乃香 主宰
薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司

アロマインストラクター、ハーバルセラピストを経て「香司(こうし)」として 香りの楽しみ方や使い方を紹介。

ハーブのもつフィトケミカル成分が、健康や美容など様々なジャンルで注目され、特にスパイス系ハーブは生薬との共通性があり、大陸から伝わったとされる「お香」の 香原料ともなっている。

日本の歴史や習慣に深く関わり、人々の心を癒してきた文化としての「香り」を「和」の心とともに普及する活動を福岡県や、宮崎県を基盤に全国で展開。

趣味と実益をかねて日本三芸道の一つ「香道(御家流)」や、室内を飾る「飾り結び」も研鑽中。 天然香料を使ったお香作りの講師として、メディアなどで香りの魅力と素晴らしさを発信している。


ホームページ→ https://www.fouatons.org/
Facebook→ https://www.facebook.com/miyazakifouatons/


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