愛する人を亡くしたあなたへ ② 〜「死」を考えることは、「生」を愛おしむこと〜

2019.8.7

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久保多渓心

久保多渓心 ( ライター・占術家 )

墨が織り成す一子相伝の占術 “篁霊祥命(こうれいしょうめい)” を主な鑑定手法とする占術家。他にも文筆家やイベント・オーガナイザーとしての顔も持つ。また引きこもり支援相談活動なども行なっている。

弱体化する「生」

前回の記事でご紹介した『パレルモ・シューティング』の中で「フランク(死)」も言う様に、赤子の誕生は祝福を受けますが、「死」はおぞましいもの、穢れたもの、哀れなもの、恐ろしいもの、無という連想によって我々にはたやすくは受け入れる事が出来ない、直視することがはばかれるものとして取り扱われます。

こうした「死」を忌む文化は、「生」の弱体化を加速させます。

小学生や中学生の時代から、日本人は確固たる死生観を育み「死」と「生」が一体のものであること、「如何に死ぬかということを考えることは、如何に生きるかを考えることである」ということを教えて行かなければならないのではないでしょうか。

今の日本人の心の闇には、この「死生観の欠落」がハッキリと影を落としている気がしてならないのです。

戦中、戦後すぐには図らずも「死」というものが今よりも身近にあったはずです。空襲などによって命の危険は日常的なものであったでしょうし、食べるものにも事欠いて「餓え」という切迫した状況は常に直面する現実そのものであったでしょう。

昭和の古き良き時代は、それらが日本人の心に核となっていた部分もあるのかもしれません。「死」を意識して生きていると、自分の心も、人の心もクリアーに見えて来ます。

現代は個と個が分離し、自分の目先のことしか考えられない侘しい世の中になっています。人を平気で愚弄したり貶めたりもする。人の心を想像出来ない社会になってしまっている感があります。

つまり「今」という時間軸をどう捉えるかという感受性をことごとく喪失させてしまっていて、それはすなわち「死生観」とも直結してくる問題なのだといえます。

この『パレルモ・シューティング』でデニス・ホッパー演じる「フランク(死)」がフィンに語りかける様に「死」とは私達の顔です。つまり如何に生きているかの姿勢を示すものなのです。

「死」は「生」を愛しています。
「死」は私達の内側にいつもあります。
「死」を内包した存在が人です。
「死」は敬うべきものです。
「死」に多くの誤解を抱いているのが人なのです。

それが「フランク(死)」の台詞からも分かります。

死と生と愛

愛する人を亡くしたトラウマに苦しむ人は多いでしょう。

私自身も、両親どちらの死に目にも会えず、病床で看取ることが叶いませんでした。そのせいで随分、自分を責めたものです。一人寂しく孤独に逝かせたことが罪悪感として私の身に重くのしかかりました。

愛する人の「死」、そしてそれによって負う「トラウマ」は、「生」ひいては「愛」の枯渇へと繋がります。際限なく自分に愛を与えてくれ、それだけで満ち足り、凛としていてくれる存在が、自分の元から旅立ってしまうことは、自らの存在意義を危うくし、大きく揺るがせるものです。

愛する人、愛を送ってくれる人は自分にとって「魂の港」でもあります。それが失われれば大海原への航海中に、立ち寄って給油をしたり、食べ物を積み込んだり、休養を取ったりする場所をも失ってしまうことに等しいのです。港に船を着けられなければ、いずれ燃料切れで漂流するしかありません。

愛する人は、自分を承認してくれる人でもあります。抱きしめてくれる人でもあります。そこに「存在」していて良いのだと認めてくれる存在でもあります。愛する人を失うということは、それらが満たされないことを意味します。

そうすると人は、それらが満たされないために生じた「不安」や「恐れ」や「怒り」を表現する手段さえ失って、無意識のうちに自分自身を抑圧していきます。それでも周囲の期待に応えようとしたり、心配をかけたくないという思いにかられ、その時々の自分の環境や状況に適応しようと努力を続けます。

自分の内側に知らぬ間に蓄積した「欲求」や「情動」がその都度解消されずに滞ると、人は心と身体を分離させ、それ以上自分が傷付かないように自らを防御しようとします。

傷付いたり、動揺することに敏感になり、何かから意識を逸らせようとするばかりになります。「死」の本質を問う心の余裕もなく、「死」は自分から愛する人を奪い去っていく嫌悪すべき対象、恐れるべき対象になっていきます。

先ほどの「フランク(死)」の台詞にもあるように、「死」は「生」を愛しています。「死」は「生」でもあるのです。それは別世界ではなく地続きです。

「死」を否定し、「死」を恐れ、「死」を直視出来ない限り、「生(愛)」もまた、その人にとって自分を傷付けるものだという「恐れ」を植え付けることになります。

「愛」を恐れ、「愛」を拒むと、「生」は輝かず、「生」が輝かなければ、「死」へ光が届きません。

「愛」を受け入れ、自らも「愛」を表現する時、「生」は輝きを見せます。

「生」が輝く時、「死」は優しい光を放ちます。

「死」は「生」によって照らされ、「生」は「死」によって照らされるのです。

先に旅立った愛する人は、第2の生を生きています

肉体という窮屈な縛りから解放されて、若返り、新しい自分の役割に勤しんでいます。

愛する人が、生前どんなに苦しい環境であっても、それが無駄になることは決してありません。

第2の生で、その生前の労苦が活かされます。

私達は、旅立って逝った人が、その「死」をもって何を伝えようとしているかに、耳を澄まさなければなりません。悲しみだけに没頭して「死」を評価出来ないと、その「死」が送ってくれるメッセージに気付けないのです。

そのメッセージを受け取る感性を持つことが、先に旅立つ人へ報いることに繋がるのです。旅立った人が残した「生の確かな営み」に心を寄せることは、愛する人の足元を照らす光を送ることに繋がるのです。

何年も闘病した人が亡くなれば、その苦しかったはずの闘病の日々を労いましょう。そして痛みや、不自由だった身体からの解放を祝いましょう。そして同時に、その病で苦しむ、まだ命の灯火を燃やし続けている人々に心を寄せましょう。その「死」を契機に、愛する家族を苦しめた病気について問題意識を持ち、「死」や「生」について真剣に考え、自分の人生をしっかりと生き抜く決意を示しましょう。

自分でやむを得ず命を絶ってしまった人がいれば、その「死」を選択せざるを得なかった背景に心を寄せ、想像しましょう。そして自ら「命を断った」ことを断罪せず許し、その決断が如何に辛く、究極のもので、切迫したものだったかを理解しましょう。

そして今はやっと生前の苦悩から抜け出せたのだね、と言ってあげましょう。また同時に、同じように「死」を選択しなければならないような苦悩のさなかにある悩める人々の存在や、心の叫びに気付いてあげる想像力を育みましょう。その「死」を契機に、自らの生き方を問い、利他的な視点を忘れず、人生を楽しんでいく宣言をしましょう。

天寿を全うした人がいたら、声高に「ご苦労様でした」と、その人生を労いましょう。そして第2の生も楽しんで欲しいと笑顔で送り出してあげましょう。

そして同時に、この戦後の日本を持ち前の勤勉さと真面目さで形作ってくれた、全てのお年寄り達に感謝をして、これからも平和な日本を維持していきますと安心させてあげましょう。

このように「死」について考えることは、「生」を愛おしむことに等しいのです。

「死」抜きで「生」は語れず、「生」抜きで「死」も語れません。

そして「生」も「死」も「愛」で構成されている事実に気付かなければなりません。

私自身も、多くの友人や知人、家族を亡くして来ました。自分で命を絶った友人も何人もいます。そして私自身も、自分で命を絶とうとした1人です。「生」と「死」と「愛」は誰の人生に於いても大命題であることを忘れてはなりません。

先に旅立った愛する人から、あなたへの言葉

愛する人を亡くしたら、送る側の立場ではなく、逝く側の立場に立って「死」を見つめてみましょう。その死を惜しんでくれるのも、すがりついて泣いてくれるのも有り難いはずです。

病室や葬儀場の上から、ご家族や親類や友人たちを心配そうに見つめるでしょう。

故人は、残して来た私たち家族に、こう語りかけています。

『そんなに悲しまないでくれ、私は「死」という名の進化を遂げただけなんだ。重苦しい肉体を脱ぎ捨てて、本当の意味の自由を手にした。先に旅立った家族にも再会出来る。

これがどんなに幸せなことか分かるか?私の父や母や、祖母や祖父、かつての親友も迎えに来てくれて、そちらよりも賑やかだ。皆、老いから脱して若々しい。

肉体がないからどこへでも好きな場所へ行ける。だからこそ生きて肉体を持っていた時よりも君たちとは距離が近いんだ。でも、きっとそれには気付いてもらえないのだろう。

悲しめば悲しむほど、「死」を嫌悪すればするほど、君たちと私とのこの距離の近さに気付けなくなることを知って欲しい。それでも、気付こうが気付けまいが側にいることは事実なんだ。

私のために嘆いたり、悔やんだり、自分を責めたりしないで欲しい。私を思い出してくれることは嬉しいが、いつまでも私の記憶だけで人生を成り立たせようとはしないで欲しい。

「死」とは2つの構成要素があるんだ。1つは「肉体の死」そして、残して来た家族や愛する人達の「記憶の中での死」なんだ。適度に忘れ、適度に思い出してくれればそれでいいんだ。

私が先に旅立ってしまったが故に、不幸な人生を送り、愛に餓え、生きる気概を失ってしまうとしたら、それを上から見下ろしている方がずっと辛い。家族や愛する人の辛さは、こちらの世界でも我々と共有することになるんだ。だから私も辛いんだ。

私が肉体を失ったからといって、生前の魂も精神も思考も失われたと思ってはいないかい?それは大きな間違いだ。自分の目の前にある形として存在するものしか信じようとしない人間の無知さや愚かさがそこにはある。

「それは違うぞ!」と君たちの耳元で大声で叫んで訴えたいくらいだよ。しかし、それが間違いであることには自分自身で気付かなければならない。それが成長というものであり、気付きというものだ。

肉体を失ってよく分かったよ。ここに来てそれが自然と分かるんだ。それにここにいる先輩達も教えてくれる。生きている時に感じた苦しみや、寂しさや、痛みには全て意味があったってことがね。

生きている時には、その苦しみからすぐに逃れたいと思ったものだけど、今思えば、もっとあの苦しさを味わい尽くせば良かったと思っているよ。その意味するところがいずれ君達にも分かる日が来る。今は分からなくてもいいんだよ。

さぁ、これからは悲しみの中に佇まないで、自分の人生を楽しみなさい。そして人のためになりなさい。愛しなさい。受け入れなさい。冒険をしなさい。許しなさい。手放しなさい。

君たちがそうしてくれたら、私も心置きなく「第2の生」を思う存分満喫出来るし、こちらで授かった仕事や役割に熱中出来るよ。私にだって、こちらで仕事があるんだ。

ずっと君たちに張り付いて見守っている訳にもいかないけれど、君たちが私を求め、私の力を借りたいと願う時には、すかさず手助けをするつもりでいるよ。だから心配せずに自分の人生を生きて!

それが私の願いであり、幸せに繋がるもの。「死」や「生」や「愛」を決めつけたり、誤解したりしないで欲しい。棺桶に入った遺体や、遺影ではなくて、その光景を見下ろすように存在する私に向かって合図をくれたら嬉しい。私はここにいるから。

君たちは、その与えられた人生を全うして欲しい。全うした暁には、こちらで再会しよう!』

皆さんは、故人からのこのメッセージを聞いて、どんな思いにかられるでしょうか。

『パレルモ・シューティング』の劇中、フィンはパレルモの街で羊の番をする男にこのようなことを言われます。

母親に最後に会ったのは?最後の散髪はいつ? 何事にも最後はあるが、人は気付かない。いつもこれが最後だと思うことだ。最後の羊の番、最後に目にする他人、君の涙を見るのも最後、すべてを正面から受け止めるんだ

今日、目にするものが人生で最後だと思えば、その対象に優しくなれるし、その時間を愛おしめる。自分の目の前に広がる世界をしっかりと受け止めることの大切さを教えてくれる言葉です。

明日も当然のように会えると思えば、傷つけてしまいます。明日も当然のようにそこにある、そう信じて疑わないからこそ、見過ごしてしまうものがあります。

今日、貴方が出会う人々、景色、風、匂い、それらが人生最後のものだと思って、毎日を生きてみましょう。きっと全てが自分を祝福してくれているかのように感じるでしょう。

そして「死」とは忌むべきものではなく、抱き締めるべきものなのだということを心の片隅において生きてみましょう!

 

『愛する人を亡くしたあなたへ ① 〜死を忌む日本と、祝福するメキシコ〜 1本の映画から考える「死と生」』

久保多渓心 のプロフィール

久保多渓心

画家の父、歌人の母のもと、福岡市博多区で生まれる。

バンド活動を経て、DJ、オーガナイザーとしてアート系イベント、音楽イベントなどを多数手掛ける傍ら、フリーライターとしても活動。音楽雑誌でのアーティスト・インタビュー記事、書籍、フリーペーパー、WEBなどの媒体で社会問題からオカルトまで幅広いジャンルでコラムを執筆。

引きこもり、不登校、心の病など自身の経験を活かし「ピアカウンセリング」を主軸にしたコミュニティを立ち上げる。のちにひきこもり支援相談士として当事者やその家族のサポート、相談活動を行う。

現在は亡き父から継承した一子相伝の墨を用いた占術『篁霊祥命』や独自のリーディングによって鑑定活動を行っている。2019年で鑑定活動は14年目を迎える。

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